2010年度中国赴日本国留学生予備教育(専門日本)派遣 レポート(2010/7/31-9/1)


文科省の中国からの国費留学生は年間 1,700 名を越えるが,そのうち 100 名程度が中国国内で1年間の日本語教育を受けてから,日本の大学の博士課程に入学するというプログラム (「中国赴日本国留学生」)で採用される。この日本への留学生に対する日本語予備教育は,31年の歴史を持ち,長春の東北師範大・日本語学校に専用の校舎まで持つ日中交流の一大プロジェクトである。(私もこれまで中国からの国費留学生を3人受入れたが,このプログラムのことは知らなかった。)

今回,この日本語予備教育に認識不足の当人が専門日本語の教師団 10 名の一員に任ぜられ,長春に1ヶ月滞在して専門日本語の教育にあたった。「専門日本語」の教育とは1年間の日本語予備教育の仕上げとして,各学生の専門に近い教師により,最後の1ヶ月間専門の日本語を教育する趣旨である。この専門日本語教育で,10月からの実際の日本での研究生活への橋渡しをおこなう。

この課程の修了試験として,各学生の中国での修士課程の研究(修士論文)について,日本語で要旨を作成し,プレゼンすることが課せられている。

当方が担当した化学工学班は学生6名であった。班の学生の専門分野(修士論文内容)は応用化学・材料化学が2名,生物(農学)2名,食品学1名,被服学1名,とまちまちであった。 博士課程進学先は4名が東大,あと北大,九大であった。残念ながら当方の専門の化学工学の学生はいなかった。(化学工学の先生を留学先とする学生はいた。)当方の専門から 班の名前は「化学工学」とされたが,学生の専攻分野からして,これまでのように「材料・化学」の方がよかったであろう。

教室にはネット接続されたパソコン,書画カメラおよびプロジェクターが設置されており,インターネットによる資料提示も随時でき,十分な設備で授業ができた。(YouTubeに中国内からアクセスできないのが残念。)

日程表に示すように,授業はおおむね午前中は講読および日本語の授業,午後は各学生の修士論文の研究紹介から要旨原稿の添削指導とした。 日本語の授業は当初は全体の指導方針どうり,統一教科書「科学技術の日本語」を中心として授業をおこなう計画を立てていた。しかしこの教科書による初回の授業(第一課)をおこなったところで,学生側からこの教科書程度は易しすぎるとのことであった。クラス全員の合意ということなので,早々に教科書による授業は止めて,当初は講読を中心とすることとした。(確かにこの班は日本語がかなりできる学生がほとんどであった。他にも同様に統一教科書を使わなかった班があったようである。)

講読は「読み」の授業である。テキストは当方の出版原稿の中から,雑誌連載「身のまわりの化学工学」(講読(1))および書籍「トコトンやさしい膜分離」(講読(2))を選んだ。これらの内容は 化学技術に関する一般的なものなので,興味をもって読んでくれたようである。テキスト中の単語帳(語句の読みと意味(英語))を作り,読み上げさせ,適宜説明する。次いで段落毎に読ませ,発音の注意および内容解説をおこなう。進行度は1コマ(90分)当初はA4 1ページ分の文章量,最後のほうでは2-3ページであった。後半ではこれら普通のテキストをほぼ完璧に読めるレベルに全員が達していた。

講読では内容,文章に関連して,日本語の話題や小ネタの講義を多く交えて学生の参考になるようにした。日本語の話題は「日本語への漢字取り入れの歴史」、「音訓の由来」、「カタカナ語と外来語」などで,全て高島俊男著「漢字と日本人」の内容の受け売りである。(さらに中国の歴史に関しても同著者の「中国の大盗賊」より。)小ネタは「日中数え方の違い」,「日本の会社の名前」,「温度や単位類の言い方」,「外国人名の読み書き」,「有機物質,無機物質の日本語読み」,「ギリシャ文字」などの講義・ 書き取りをおこなった。

前半より各自の日本語要旨を作成する演習を始めていたが,各学生とも日本語の読みは立派であるが,やはり書くことは未だ不十分であることを痛感した。そこで,後半は「作文」の時間を設けた。といっても理工系研究発表の普通の様式にもとづき,その決まり文句を教える程度である。緒言,実験方法,結果及び考察(図の説明法)の項目毎に構成とよく使う表現を教えた。演習として,各自の修士論文の内容で作文してもらう。この授業は発表要旨の作成にも効果があったようである。

発表要旨の作成指導(添削・指導1, 2 )はクラス公開で,1時間1人程度のペースでおこなった。事前に和文と英文の研究内容説明を提出させてあったので,当方で学生の修士論文の内容は掌握していた。クラスでの指導では先ず構成と論旨を明確にさせ,文章表現はできるだけ学生の書いてきたものを生かすよう心懸けた。これを各2回繰り返し,全員が期限内に2ページの要旨を立派に完成できた。

2ページの 要旨が出来ているので,その後のパワーポイントによる発表の指導(添削・指導3)は要旨の文章の言い回しを発表風に変えるだけの指導であった。(pptの文字が中国語(宋体)でなく日本語(MS Gothic)であるよう注意させた。)

修了試験では全員十分な練習の成果を見せ,原稿を見ずに立派に発表がなされた。

当方担当班の学生は全員(全国のレベルからみても)かなり優秀であり,講義,指導もそれほど苦労なかったのは幸いであった。彼ら,彼女らが今後日本で研究を進めてゆくにあたり,この専門予備教育で教えたことを生かしてくれると確信している。

 

補足情報

○高校の先生のように毎日90分授業3回おこなうので,先ず体力的にキツかった。
○食事が合わずに苦労した。(他の先生も。)宿泊した招待所の周辺は韓国系の食堂ばかりなので,ここの油と香辛料の多い食事が原因である。本来の中国東北部の食事(ご飯と野菜炒めもの)はそうでもない。
○そこで後半は朝食は粥またはマクドナルド,昼食は大学食堂,夕食は外の銭湯に行ってから美国加州牛肉面大王を黄金パターンとした。
○長春市内は旧満州国時代の官庁建物が数多く残っており,これを全部見てまわった。