トライボロジーとは

 −化学と機械の狭間に生きる−


全ての機械は潤滑剤が必要

 "トライボロジー"とは,一言で言えば「摩擦を科学する」学問技術領域のことである.機械には軸受,歯車などその他様々な摩擦部分が存在し,その機械を円滑に動かし,十分に働かせるためには,摩擦部分の動きを滑らかにするための「潤滑」が必須である.
 大・小,重・軽,いろいろな機械と切っても切れない現代の我々の生活.その機械の性能・効率・信頼性向上をつかさどる「潤滑」.我々の生活は,縁の下の力持ちである「潤滑」に支えられていると言っても過言ではない.

なぜ化学工学でトライボロジー?

 潤滑剤の性能を左右するのは,潤滑剤が持つ物性と界面化学的性質の両者である.それを理解するためには,物理化学,熱力学,物性情報,界面化学,流体力学,化学反応機構,など様々な知識が必要とされる.さらには,摩擦面を構成する,金属,セラミックス,プラスチックスなどの材料科学の知識も必要とされる.更に,潤滑剤の多くは石油や油脂を原料としており,より高性能な新規潤滑剤の供給は,石油・化学産業が支えている.「総合工学」である化学工学が必要とされるゆえんである.

どこにどんな機械が?
それとトライボロジーとの関わりは?

自動車

 現代社会において,最も身近な機械は自動車であろう.今日,社会が自動車工学に要求する技術は,燃費向上と排ガス浄化の2点である.自動車には様々な潤滑剤が用いられているが,その中で最も重要なものが,エンジン油と自動変速機油である.エンジン油においてはエンジンの性能を十分に引き出し,かつ摩擦によるエネルギーロスを如何に減らすかがポイントである.一方,自動変速機油はエンジンの出力を変速しながら車軸に伝える役割があり,摩擦が小さすぎてはすべってしまい,十分に動力を伝達できない.そのため,条件に応じた適度な摩擦抵抗が必要とされる.これらの要求を満足することにより,燃料消費(すなわち二酸化炭素排出量)は削減され,また,最も効率の高い条件でエンジンを運転することが可能になるため,排ガス浄化にもつながる.このように,潤滑油の性能には使用される機器に応じて摩擦を小さくする要求と摩擦を大きくする要求の相反するものがある. このようにトライボロジー技術は地球温暖化防止に直接関係する技術である.

宇宙機器

 気象衛星,通信衛星,国際宇宙ステーションの建設,等々,日本も宇宙開発の仲間入りをしているが,それらの機器も当然ながら潤滑が必要である.燃料供給弁の開閉,姿勢制御用ジャイロの軸受け,太陽電池パネルの展開や回転,各種観測用ミラーのスキャニング等々,どれをとっても宇宙機器の生命線となるものばかりであり,故障やメンテナンスの必要がないことが前提とされる機器である.宇宙機器用の特殊な潤滑剤が使用されている.

コンピューター

 マルチメディアが普及し,産業はおろか,一般市民の生活も大きく変革を遂げたが,これは高度に発達した安価なパソコンの普及に負うところが多い.そのパソコンの高機能化は,磁気ディスクの記憶容量の大容量,高密度化に大きく依存している.磁気で情報を記録しておく「ディスク」と,それを読み書きする「ヘッド」とはわずかな空間をあけた非接触状態で使用されるが,その隙間の距離が小さければ小さいほど記録は高密度化され,大容量化へとつながる.わずかな隙間(40〜50nm)を保つ技術も大変であるが,始動・停止時,あるいは何らかの要因によるディスク表面とヘッドとの直接接触の可能性を否定できないため,低摩擦であり,かつ損傷を防止するためのディスク表面の潤滑も重要課題として上げられる.ここにも分子オーダーの厚さの特殊な潤滑剤が用いられている.

潤滑油の性能は何で決まるのか?

 潤滑油の性能は油の粘性と摩擦表面に形成する被膜によって決まる.粘性は潤滑油が持つバルクの物性であり,被膜形成は界面化学的性質である.

サラサラした油も高圧ではガラスになる

 ボールベアリングや歯車の摩擦面ではすべり合う二つの面が接触する部分の圧力は数万気圧にもなる.潤滑油はそのような高圧の摩擦面に入り込み潤滑作用を行う.大気圧下では水のようにサラサラした油も,そのような高圧下では水飴のようにネットリと流れにくくなり(圧力による粘度上昇),さらにはガラス化する(固化).圧力増加に対して粘度上昇が大きなもの,固化し易いものは,高荷重のかかったすべり合う二つの面を接触しないように引き離す能力が大きい.この性質は潤滑油の分子構造で決まる.

摩擦表面上に分子状の膜を作る

 すべり合う二表面を完全に引き離すことができない条件でも機械は円滑に運転されなければならない.そのような場合は,摩擦表面上に分子オーダーの厚さの被膜を作りそれで二面の直接接触を極力防ぎ,潤滑させる.摩擦表面に分子状の被膜を形成させるための化合物(添加剤と言う)が潤滑油には溶解させてある.この溶解させてある化合物が潤滑油中で摩擦される固体表面に濃縮され(吸着と言う),きれいに配向して並ぶ.この分子状の被膜が固体表面を保護し,摩擦抵抗を減少させる.この状態を模式的に右図に示す.


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