高分子膜による有機蒸気の蒸気透過とパーベーパレーション

石油学会誌 掲載論文(Vol. 42, No.2 (1999) 総合論文)に加筆 


1.緒言

膜分離操作は大別して孔のある多孔質高分子膜によるもの(濾過・透析・限外濾過)と孔のない均質高分子膜によるものがある。膜分離操作の実用化は多孔質膜による分離操作が先行したが、膜製造技術の進歩により均質高分子膜の応用も急速に進展している。この均質高分子膜を用いた膜分離操作では、逆浸透(液/膜/液系)操作から始まり、ガス分離(気/膜/気系)、パーベーパレーション分離(以下PV)(液/膜/気)へと応用が広がっている。このうちガス分離は供給側に混合気体を供給し、膜の透過側にその一部を透過させることで分離をおこなう操作、パーベーパレーションは液を供給し、膜の透過側に蒸気として回収する操作である。

これらの均質膜による3種の膜分離操作は、同じ均質高分子膜を透過する現象であるにもかかわらず、基礎的解析が各々別個の理論により取り扱われている。液/膜/液系(逆浸透)では化学ポテンシャルと浸透圧にもとずく現象論方程式を基礎とし、ガス分離は気体透過係数に基礎を置く方法、PVは溶解拡散説である。

このうちガス分離は研究が進展していることもあり、その基礎である気体透過係数の定義とそれを基礎とした膜分離操作解析法が確立している。無機気体の透過については基礎データも多い。現在は自由体積理論など高分子のミクロ構造の考察にもとづき、透過係数を理論的に解析する段階にある。しかしこの分野も凝縮性の蒸気、特に実用上重要な有機溶媒蒸気の透過係数についてはデータの集積および理論面でも今後への課題である。

PV膜分離操作は気体透過とは別に溶解拡散説で取り扱われる。溶解拡散説1)はPV透過を供給液の高分子膜への溶解と、その膜内拡散の2段階により解析する方法である。しかし多くの研究者が指摘しているように2,3)、PV透過でも膜の下流側は蒸気状態での透過とみてよいから、気体透過と何らかの関係はあるはずである。さらにこの観点を進めて、PV透過を膜と供給液の界面で液が蒸発し、膜内は蒸気として透過するというモデルも考え得る。(Fig.1)この緻密層モデルはPVを蒸気透過係数を基礎に解析する方法である。

1) Feng., X., Huang, R.Y.M., Ind.Eng.Chem. Res., 36, 1048 (1997).
2) Binning, R.C., Lee, R.L., Jennings, F., Martin, E.C., Ind. Eng. Chem., 53, 45 (1961).
3) Kataoka, T., Tsuru, T., Nakao, S., Kimura, S., J. Chem. Eng. Japan, 24, 334 (1991).

本研究ではともに均質高分子膜による蒸気透過分離とPV分離の共通の基礎として蒸気透過係数をとらえ、基礎物性値としての蒸気透過係数を測定し、それをもとに蒸気透過分離操作さらに各種パーベーパレーション操作の解析を試みた。

2.高分子膜の蒸気透過係数測定法

高分子膜の有機蒸気透過係数は測定例が少ないのが現状である。これは透過係数の一般に値が小さく、蒸気が凝縮性であるための測定の困難さによる。測定の方法についても、未だ標準的測定法は確立されておらず、いくつかの方式が提案されている段階にある。Baker4)は水銀柱によるテプラポンプ法で各種ゴム状高分子膜の有機蒸気透過係数をはじめて広範に測定した。テプラポンプ法とは水銀柱により蒸気だめの供給側蒸気圧を一定に保ち、その容積減少速度から透過係数を求める方法である。Ito5)は蒸気を供給する液の容器の重量変化から蒸気透過速度を測定した。また透過速度が大きい場合には供給側ではなく膜を透過した蒸気の量自身を直接測定する方法が原理的には正確である。後述の混合蒸気透過測定や、Uragami6)の蒸気捕集後に再度蒸発させてその体積から透過速度を求める方法などがある。

4) Baker, R. W., Yoshioka, N., Mohr, J. M., Khan, A. L., J. Membrane Sci., 31, 259 (1987).
5) Ito, A., Shirasuna, K., Iizuka, T., Fujii, M., Kagaku Kogaku ronbunsyu, 16, 295 (1990).
6) Okuno, H., Renzo, K., Uragami, T., J. Membrane Sci., 103, 31 (1995).

本研究では簡便で高精度の蒸気透過係数測定法として、差動トランスと浮きを利用して蒸気供給液の蒸発速度を測定する方法による装置を開発した7)

7) Feng, Y., Shirasuna, H., Ito, A., J. Appl. Polym. Sci., 52, 433 (1997).

Fig.2にその概略を示す。

測定する高分子膜を設置した膜セルの透過側は真空に保つ。透過蒸気は液だめ容器中の有機溶媒液面から蒸発させることで供給する。供給路中にニードルバルブと圧力計を設置し、供給蒸気の分圧を設定する。蒸気を供給する液だめの液面に、コアを封入した浮きを置き、その位置を液だめ管外側の差動トランスにより測定する。浮きの位置は変位計により測定される。変位計の精度は0.15mm/hrであり、液蒸発速度は0.01cm3/hrの精度がある。

Fig.3にシリコーンゴム膜の水蒸気透過係数について、本研究での測定結果、Bakerによるテプラポンプ法、透過蒸気捕集法8)とを比較した。

8) Ito, A., Watanabe, K., Feng, Y.,: Sep. Sci. Tech., 30, 3045 (1995).

3者ともほぼ同一の結果が得られる。しかし、本研究の方法に比較して、テプラポンプ法には装置が複雑で操作がむつかしいこと、蒸気捕集法には測定に長時間を要するという欠点がある。これに対して差動トランスを応用した本方法は精度よくかつ測定時間が短くて済む。

本研究の変位浮き法による水溶性酢酸セルロース膜の各種有機蒸気透過係数測定例を示す。(Fig.4)横軸は各透過蒸気の供給分圧を飽和蒸気圧で規格化した値である。本法により低分圧範囲および絶対値の小さい蒸気透過係数も精密かつ簡便に測定できた。

3.蒸気透過係数の性質

3.1分圧および温度依存性

無機気体の透過係数は圧力に対して依存性が無いか、炭酸ガスのように低分圧範囲で増大する性質がある。これに対し高分子膜における凝縮性蒸気透過係数の大きな特徴は分圧依存性である。

Fig.5はシリコーンゴム中空糸膜におけるアセトン蒸気の透過係数を供給側分圧を変えて測定した例である9)。(透過側は真空)

9) Ito, A, Shirasuna, K, Iizuka, A, Fujii, M., Kagaku Kogaku Ronbunshu, 16, 295 (1990).

ここで蒸気透過係数は膜の両側(供給側:h, 透過側:l )の透過成分の分圧により定義され、透過実験から次式により得られる。

(1)

測定結果をみると、中空糸膜の透過なので透過方向により透過係数に違いがみられるが、どの透過方向でも低分圧範囲で大きく減少し、飽和蒸気圧に近い範囲では変化が小さいような分圧依存性が現れている。このような分圧依存性は高分子膜の蒸気透過係数に共通してみられる。

このような蒸気透過係数特有の分圧依存性は次のように説明される。高分子膜内の流束はフィックの法則に従う。

(2)

高分子中の拡散係数Dは一般に膜内透過気体濃度Cと指数型:

(3)

の関係がある10)

10) Rogers, C.E., Stannett, V., Szwarc, M., J.  Polymer Sci.,  vol. 45, pp. 61-82 (1960).

これによりEq.(3)を膜の両側面間で積分して、

。(4)

本研究での測定では透過側は真空(pl=0, Cl=0)である。Cと蒸気分圧pの間にHenry則(C=Sp)を仮定すると、これらの式から

(5)

で透過係数の分圧依存性が表わせる。この式は例えばFig.5中の破線のようであり、分圧範囲を限れば近似式として用いられるが、データ全体の傾向を表わすには不十分である。

そこでさらにCとpの関係にラングミュア型収着:

(6)

を仮定すると、蒸気透過係数が

(7)

となる。Fig.5中の実線のように、Eq.(7)により有機蒸気透過係数の分圧依存性が精度よく相関ことができる。

また、有機蒸気透過係数はその温度依存性にも特徴がある。Fig. 6にシリコーンゴム膜におけるアセトン等有機蒸気と窒素の透過係数の温度依存性を比較した11)。横軸に絶対温度の逆数をとるアレニウス型のプロットである。横軸が大きいすなわち低温になるほど有機蒸気の透過係数は増加し、窒素の透過係数は減少する。したがって空気から有機蒸気を回収するような膜分離操作では、低温のほうが分離係数が大きく有利である。この蒸気とガスでの温度依存性の違いは、各成分の膜透過機構が前者は収着支配、後者が拡散支配ということから理解される。

これら有機蒸気透過係数の分圧依存性と温度依存性は、Fig. 7のようにな形式でまとめることができる11)。Fig. 7のデータは温度・分圧を変えて測定したシリコーンゴム膜におけるフロン113蒸気の透過係数である。横軸に供給蒸気圧を測定温度の飽和蒸気圧で規格化した値に対してプロットすることで、ひとつの関係式で近似することができる。

3.2蒸気透過係数を支配するもの

膜分離操作は基本的にはある膜素材に対する透過成分毎の透過係数の差を利用するものである。したがってプロセス設計上は他の測定済みの物性値から透過係数の値を予測することが必要である。しかし、膜への収着支配の蒸気透過係数では未だ定量的予測法はない。ただ、透過係数の大小は膜素材への透過成分の収着が支配しているので、透過係数と収着量とを関連つけることは可能である。

その高分子への有機蒸気の収着は溶解性パラメータやχパラメータが支配するので、これらのパラメータと蒸気透過係数の関係が検討されている。

Fig. 8は三種の酢酸セルロース膜における各種有機蒸気の透過係数を比較したものである7)。透過係数は飽和蒸気圧に外挿した値である。横軸の透過成分の並びは溶解性パラメータの大きさの順である。膜素材もCTA,CA,WSCAの順に溶解性パラメータが増加するすなわち、親水性が大きくなる。透過係数のデータは親水性の大きい素材ほど水およびアルコール類の透過係数が大きいことを示している。よって蒸気透過係数の大きさは親水性/疎水性の指標である溶解性パラメータと相関性がある。現状は定性的な相関しか得られていないが、今後さらに測定データを集積することで溶解性パラメータの比較により蒸気透過係数の値を推算できるようになることが期待される。

7) Ito, A., Feng., Y., Sasaki., H., J. Membrane Sci., 133, 95 (1997)

3.3混合蒸気透過における相互作用

膜分離操作は多成分系の透過であり、その操作における分離性は透過成分の透過速度の差すなわち透過係数を利用するものである。炭酸ガス空気など無機気体12)およびプロパン程度までの軽い炭化水素13)の膜分離では純成分で測定された透過係数の比(理想分離係数)が混合気体透過でも適用できる。しかし、溶解性が透過を支配する有機蒸気の膜透過では多成分同時透過における相互作用すなわちある成分の透過が他の成分の透過速度に影響することがある。むしろ膜分離操作としてはこの相互作用のほうが分離を支配している場合が多いと考えられる。

11) Ito, A, Tazaki, K, Fujii, M., Kagaku Kogaku Ronbunshu, 18, 259 (1992).
12) Ito, A., Sata, M., Annma, T., Angew. Makromol. Chem., 248, 85 (1997).
13) Ito, A., Hwang, S.T., J. Appl. Polym. Sci., 38, 483 (1989).

Fig. 9はポリビニルアルコール膜のエタノールおよび水蒸気の透過係数につき、純成分で個々に測定した場合と両成分の混合蒸気透過で測定した場合を比較したものである。純蒸気透過での透過係数比(理想分離係数)は2程度であるが、混合蒸気透過では10程度と分離性が大きくなっている。これは水蒸気共存によりエタノール蒸気の透過係数が純蒸気の場合に比べ減少していることによる。この減少は定性的には膜への水成分の優先収着により膜内の自由体積が水分子で占拠され、エタノール分子の透過が抑制されることと推察される。この相互作用の定量的取り扱いは溶解拡散説でも未解明の部分である。多成分透過の分離性を予測するには高分子膜内の収着と拡散のデータの収集および理論面の発展が今後必要である。

4蒸気透過係数を基礎とした膜分離操作の解析

高分子膜と透過成分の組み合せにおける蒸気透過係数の測定値は、これと膜モジュール内の流れモデルとを組み合わせることにより膜分離装置性能予測の基礎となる。

4.1気体透過 有機蒸気回収操作

各種製造工程での有機溶剤蒸気(VOC)排出が温暖化との関連から注目されている。このVOC回収に膜分離操作が注目されている。この操作は無機気体(空気、窒素)と希薄な有機蒸気との混合気体の透過なので、相互作用が無視でき、前節の基礎測定で得られた透過係数が基礎物性値となる。

シリコーンゴム中空糸膜モジュールによる窒素中のアセトンなど有機溶媒蒸気の濃縮について考える9)。実験に使用したのは外径320μm、内径200μm、有効長さ0.13mのシリコーンゴム製中空糸膜を3000本束ねた、膜面積0.32m2のモジュールである。窒素中にマイクロフィーダーで有機溶媒を供給し、混合気体を調整する。これを中空糸膜モジュールのTube側に供給し、Shell側を減圧することで、蒸気濃縮気体を得る。(Fig.10) Fig.11にアセトン蒸気の濃縮の様子を示す。操作条件は圧力比(=透過側圧力pl/供給側圧力ph)γ=0.08, カットθ(=透過流量Fp/供給気体流量Ff)=0.10である。供給ガス中濃度xfのアセトンがypの濃度で回収される。

この膜分離操作は以下のように解析される。供給側にプラグフロー流れを仮定すると、膜モジュール流れ方向lの局所の流量(アセトン:F1、窒素:F2)の変化が膜透過流束と次の関係にある。

(8)

(9)

 (10)

(11)

ここで窒素の透過係数は一定であるが、有機蒸気(アセトン)の透過係数は分圧依存性を考慮したEq.(7)を用いる。この基礎式で透過側蒸気組成yの取り扱いにより、3つのモデルが考えられる。

  1. 供給側プラグフロー/透過側完全混合(One side mixing)では透過側出口組成に等しい。
  2. 供給側プラグフロー/透過側プラグフロー(Parallel plug flow)では上流で透過した気体の平均組成。
  3. 供給側プラグフロー/透過側十字流れモデル(Cross plug flow)では局所の透過流束から定義される。

これらの基礎式は透過係数が一定の場合には解析解があるが、ここでは透過係数に分圧依存性があるので、基礎式を膜モジュール入り口から出口まで数値積分することで理論値を得た。Fig.11中にその計算結果を示した。理論計算とデータを比較すると、Bの透過側十字流れがこの場合はよく一致した。これは膜モジュールの透過側(Shell側)の混合が不完全であることを反映したものである。

4.2非膨潤膜のパーベーパレーション操作

液を供給し透過蒸気を得るパーベーパレーション操作は、通常は膜と供給液の収着および膜素材(高分子)内の透過成分の拡散係数を基礎とした溶解拡散説で解析される。ここでは簡便な取り扱いとして、前節の蒸気透過係数に基礎を置いた取り扱いを検討した。

Fig.12はシリコーンゴム膜によるエタノール水溶液のパーベーパレーション実験結果である8)。横軸に供給液濃度、縦軸に透過蒸気濃度および透過流束で示した。この操作で透過蒸気中にはエタノールが濃縮され、透過流束は供給液エタノール濃度にしたがって増加する。ここで用いたシリコーンゴムは代表的疎水性高分子であり、エタノール水溶液の膜への収着量は数%である。したがって、この場合のパーベーパレーション透過を緻密層モデルで考えることができる。このモデルでは各成分の透過流束(水:NW, エタノール:NE)は供給液中の透過成分の蒸気圧と蒸気透過係数から予測される。

, (12)

透過流束はこの和、透過蒸気濃度はこれらの比(y=NE/(NE+NW))から計算される。図中の実線が計算値で、透過蒸気濃度、透過流束とも実測値と良好に一致した。本解析をもとに考察すると、シリコーンゴム膜のエタノール水溶液パーベーパレーションでは、選択性および透過流束の濃度依存性とも膜素材自身ではなく気液平衡が支配していることがわかる。

水溶液のPVでは水中に微量溶解した有機溶媒の処理も重要な応用である。Fig.13はクロロホルムの希薄水溶液(0.01mg/l)のシリコーンゴム複合膜(ポリスルホン多孔質膜表面にシリコーンゴム薄膜を形成)のパーベーパレーション実験結果である14)。中空糸膜モジュールの供給液滞留時間に対して入り口出口の濃度減少を示した。モデル解析は上と同じ緻密層モデルである。水溶液中のクロロホルムの平衡蒸気圧p*2はヘンリー定数()から求められる。

14)Ito, A., Iizuka, T., Fujii,. M., Kagaku Kogaku Ronbunshu, 16, 1269 (1990).

この希薄成分の膜透過では、液側物質移動抵抗も重要となる。図中の破線が膜透過支配を仮定した場合、実線がこれに加えて液側の拡散抵抗をGreaetzの式で評価し、液側物質移動抵抗と膜透過抵抗を同時に考慮した場合で、後者によりこの膜分離操作の性能が予測できた。

膜分離法の実用化例として、超純水製造プロセスにおける溶存酸素除去に膜脱気法が使われている。実用装置は多孔質膜を用いたものであるが、ここでは均質膜の適用を試みた15)

15) Ito, A., Yamagiwa, K., Tamura, M., Furusawa., M., J. Membrane Sci., 130, 45 (1998).

操作としてはこれまでの水溶液PVと同じで、供給液中の溶存酸素を減少することが目的である。Fig.14はシリコーンゴム中空糸膜モジュールにおける膜脱気実験結果を示した。透過側を減圧することで供給液の溶存酸素を低減できる。この操作に対する理論解析もこれまでと全く同様に、別に測定した膜透過成分(水蒸気、酸素、窒素)の透過係数と水中溶存気体のHenry定数および水蒸気圧が基礎となる。局所の膜透過式を積分することで膜脱気の理論計算が可能である。図中の理論線のように、この場合も水側の物質移動抵抗の影響が大きいことがわかる。

パーベーパレーションは膜を介しての蒸発操作であるので、蒸発潜熱が移動している。この熱移動は普通の操作ではあまり大きくないが、中空糸膜モジュールのような膜モジュール体積あたりの蒸発量が大きい場合には供給液の温度低下が透過流束そのものに影響するほど大きくなる。逆にこのような操作により膜モジュールを冷却器として応用することも考えられている。

Fig.15はシリコーンゴム膜モジュールのメタノール水溶液のパーベーパレーション操作において、供給液の温度低下に着目して測定したものである16)

供給液の膜モジュール出口での温度低下を透過側圧力および供給液濃度の影響で示した。メタノール濃度が高いほど、また、透過側圧力が低いほど供給液が冷却される程度が大きい。図中の実線が供給側プラグフロー/透過側完全混合の緻密層モデル(Eq.(12))にさらに蒸発にともなう供給液の温度低下を考慮する式:

(13)

を同時に積分することで求めた理論値である。(H:蒸発潜熱、Cp:供給液熱容量、成分M:メタノール、W:水)緻密層モデルでこの操作における蒸発速度を推算することで、膜モジュール内での熱移動がよく表わせた。

4.3膨潤膜のパーベーパレーション操作

前節では膨潤の無い膜についてのパーベーパレーション(PV)を検討したが、分離操作としては膨潤膜による操作が重要で、供給液による膜の膨潤がPV操作の透過および分離を支配している場合が多い。

Fig.16は3種類の酢酸セルロース系の膜について、純液のパーベパレーション透過速度と蒸気透過速度を比較したものである1)。PV透過流束の測定は前節の蒸気透過係数測定装置を利用して、溶液を膜の供給側に供給することで測定した。比較の基準に蒸気透過係数の測定値を飽和蒸気圧に外挿した、飽和蒸気圧における蒸気透過係数Q*Vをとる。またPV操作では透過流束を液の飽和蒸気圧と乾燥時の膜厚みで処理して、PVにおけるみかけの透過係数をQ*PVを求める。

(14)

これらの比Q*PV/Q*Vを縦軸にとって示した。WSCA膜のベンゼン、トルエン透過を別として、蒸気透過係数よりパーベーパレーション透過流束が大きい。これは他の透過成分/膜素材の組み合わせでもみられる一般的なことである。こらはPVにおいては膜素材が供給液に直接接触していることによる膜の膨潤による結果である。したがって膜素材と蒸気透過係数の値はPV透過の基礎とはなるが、それだけからPV透過を解析するには不十分である。

また、Fig.17は親水性膜であるポリビニルアルコール膜によるエタノール水溶液のパーベーパレーション実験結果を横軸に供給液組成、縦軸に透過蒸気組成および透過流束で示したものである8)。この膜は水選択性を示すとともに透過流束の供給液組成依存性が大きい。

この膜膨潤下におけるPVにつき、膜の供給液側に膨潤層があり、膜の透過側に緻密層があるとするモデルすなわちPVの「膨潤層/緻密層モデル」を検討した8)。(Fig.1)ここで考えた膨潤層/緻密層モデルでは、膨潤層/緻密層境界では膨潤層に収着した溶液が膜内で蒸発していると考える。したがってこの蒸発面での圧力は供給液の平衡蒸気圧である。

膜内圧力分布は、膨潤層供給液側面:大気圧、膨潤層透過側面:供給液の平衡蒸気圧、緻密層透過側面:真空、となる。緻密層の透過は蒸気透過と全く同様に、蒸発面と透過側の分圧差を推進力として蒸気透過係数と分圧差で支配されるとする。

膨潤層の透過は濃度変化の無い圧力浸透と考えた。(厳密には透過流束が大きい場合には膨潤層内に濃度分極をさらに考慮することも可能である。)浸透の推進力は供給圧力(大気圧)とゲル内溶液の蒸発圧力(=供給液の平衡蒸気圧)の差と考える。このうちゲル内の圧力浸透の速度は混合液の場合は直接の測定ができない。そこでPaul17)の理論をもとに、ゲル膜内のエタノール/水系の相互拡散係数を別途測定し、その値から膨潤層内の圧力浸透係数 (1/Vl)K0を求めた8)

すると、全膜厚みに対する膨潤層比率を(1-ε)として、膨潤層の全透過流束Nは、
N=(1/Vl)K0((大気圧)−(供給液の平衡蒸気圧))/((1-ε)δ) (15)
とあらわせる。また、緻密層の各成分の透過流束はEq. (12)の膜厚みをεδに変えて、
Ni=(Qi/VVεδ)(p*i-0) (16)
となる。

以上のモデル式で、膨潤層/緻密層比率εは膨潤層と緻密層の物質移動速度の相対的大きさに依存することになる。すなわち、同一の膜でも供給液の濃度が変化して、膨潤層の物質移動速度が大きくなる(膨潤度が高くなる)とそれにしたがって緻密層の厚みが薄くなり、結果として透過流束が増大すると説明される。

Fig. 17中の実線が本モデルによる計算値である。例えば、供給液濃度xf=0.8を供給した場合、膨潤層の比率は71%である。膨潤層/緻密層界面での蒸発により、透過蒸気のエタノール濃度は気液平衡にしたがい、0.81にあがる。これが緻密層の蒸気透過の過程で水蒸気とエタノール蒸気の透過係数比が9.2であることにより、透過蒸気には水蒸気が濃縮されてyp=0.28となる。この膨潤層/緻密層モデルで親水性膜PVのの水選択性と同時に透過流束の濃度依存性もほぼ説明できた。

ところでPVに関する研究をふりかえると、この分野の最初の基本文献であるBinning18)の論文では、PVで膜の液に接した側をsolution phase、透過側面をvapor phase と呼び、膜内を液透過と蒸気透過の2層で考えることを既に提案している。この2層の概念はその後のレビュー・解説にも多く紹介されているのであるが、しかしそれを受けて実際のモデル計算ができるまでこのモデルの構築に取り組んだ研究はあらわれなかった。 Binningの提言にもかかわらず、その後の PVの研究は溶解拡散説を中心に展開した。これとは別に、最近になって、膜研究の主導的立場にあるMatsuura 19)は細孔流れモデルを精力的に検討している。このような各種モデルのなかで考えてみると、本研究の膨潤層/緻密層モデルは溶解拡散説と細孔流れの両モデルの中間に位置していると言えるであろう。

17) Paul, D.R.: Sep. Purif. Methods, 5,33 (1976).
18) Binning, R.C., Lee, R.L., Jennings, F., Martin, E.C., Ind. Eng. Chem., 53, 45 (1961).
19)Okada, T., Matsuura, T., J. Membrane Sci., 70, 163 (1992).

Nomenclature

A = permeation area [m2]
C = concentration of permeate in a polymer membrane [m3(STP)/m3-polymer]
Cp = heat capacity of feed liquid [J/(mol・K)]
D = diffusion coefficient of permeate through a polymer [m2/s]
F = flow rate [mol/s or m3(STP)/s]
H = heat of vaporization [J/mol]
l = distance form the inlet of the membrane module [m]
N = permeate flux [m3(STP)/(m2・s)]
n = number of hollow-fibers
Q = permeability [m3(STP)・m/(m2・s・kPa)]
p = partial pressure of vapor [kPa]
r0, r1 = outer and inner radius of the hollow fiber [m]
t = temperature [K]
S = solubility coefficient in the Henry
s law limit [m3(STP)/(kPa・m3-polymer)]
x = vapor mole fraction in feed side
y = vapor mole fraction in permeate side
Z = direction normal to the membrane surface [m]
δ = membrane thickness [m]
γ = constant [-]