ケミカルエンジニアリング 1998 3月号 掲載原稿に加筆


高分子膜の蒸気透過係数とパーベーパレーション 


パーベーパレーション(PV)法は膜分離としては後発であるが、蒸留代替の液体分離法として活発に研究がおこなわれている。最近はGFT社のポリビニルアルコール複合膜を用いた溶媒の脱水プロセスなど、いくつかの実用プロセスがあらわれてきている。

膜分離に関する研究の大きな目標はある分離系に対してそれが実現可能な膜素材や膜分離法を予言することである。膜分離の研究者を名乗っている以上、「酢酸を分けたいのですが、膜ではできないでしょうか」などの質問はよく受ける。しかし、PV法における標準的取り扱い「溶解拡散説」でも未だ任意の膜に対して透過分離を予測できるという段階にはない。研究者はこの目標に向けて努力をしていることは間違いないのだが、多分研究の蓄積が少ないことが原因で、周囲の期待には答えられないことが多いのは残念である。PV法については今後も透過モデルを含めた基礎的検討の必要性がある1,2)

1) 溝口健作:分離技術、27, 265(1997).
2) Feng, X., R.Y.M. Huang: Ind. Eng. Chem. Res., 36, 1048(1997).
)Wijmans, J.G., R.W.Baker: " The solution-diffusion model: A review", J. Membr. Sci., 107, 1-21(1995).

1. パーベーパレーションの緻密層モデル(蒸気相推進力モデル)

膜分離法としては先輩の気体透過では、純成分の透過係数に基礎をおいた解析法が既に確立している。例えば空気と有機蒸気の透過係数を別々に測定して、その透過係数で混合気体の分離を予測できる3)。ガス膜分離の分野ではすでに各種透過成分の各種膜素材に対する透過性のデータが数多くあり、目的の分離に適当な膜をある程度予測できる段階にある。透過係数というパラメータは定義や取り扱いが確立しているので、既に高分子膜の基本物性値といってもよい。従来ガスについて多く測定されてきた透過係数も範囲を広げ、現在は水や有機溶媒などの凝縮性蒸気の蒸気透過係数の測定値がそろいつつある4)

3)伊東章、白砂潔、飯塚融、藤井盈宏:化学工学論文集, 16, 296(1990)
4) Feng, Y., S. Honnma, A. Ito: J. Appl. Polym. Sci., 52, 433(1997)

PVを膜面での蒸発と蒸気透過で考える一方、PV法はこのガス透過・蒸気透過と全く関係なく溶解拡散説で考えられている。ガス透過では高分子膜は乾燥状態(緻密膜)にある。PV透過では膜が供給液をある程度収着した膨潤状態にある。(図1)しかし、PV透過においても膜の透過側は乾燥した状態にあることは認めてもよいであろうから、PV透過の過程の一部に蒸気透過過程があると考えることは可能である。

この点に着目した研究もいくつかある5,6)。さらにこれを進めて、浦上のevapermeation法 7)にならって、PVを平衡蒸発と蒸気透過の2段階で取り扱うことが考えられる。これをここでは「蒸気相推進力モデル」または「緻密層モデル」と呼ぶこととする。このモデルはPVを蒸気透過係数で考えるものである。

5) Kataoka, T., T. Tsuru, S. Nakao, S. Kimura: J. Chem. Eng. Japan, 24, 334
6) Will, B., R. N. Lichtenthaler: Proc 5th Int Conf Pervaporation Process Chem Ind 1991、21 (1991)
7) 浦上忠: ケミカルエンジニアリング, No. 10, 1(1997)

膨潤がないとPVと蒸気透過は一致?図2は親水性膜であるポリビニルアルコール(PVA)膜のエタノール水溶液のPVと混合蒸気の蒸気透過を透過流束で比較したものである。 PVのほうが透過流束は非常に大きい。しかし、エタノール濃度が濃くなるとPV透過流束は減少し、純エタノールではPVと蒸気透過の流束は一致するように見える。

PVA膜の純エタノールに対する収着は小さいので、エタノール濃度が1に近い範囲ではPVにおいても膜の膨潤度は小さい。すなわち、膜膨潤がごく小さい場合にはPV透過流束と蒸気を供給した場合の蒸気透過流束が等しくなっている。

よって非膨潤膜においては蒸気透過とPVは同じであり、蒸気透過係数はPV透過を支配すると考えられる。

 

 

2 シリコーンゴム膜のパーベーパレーションと緻密層モデル

 

では膨潤がない供給液/膜素材の組み合わせでの混合液のPVについて調べてみる。ここでは疎水性膜の代表であるシリコーンゴム(SR)膜によるエタノール水溶液のPV実験結果を示す。それと別に測定した蒸気透過係数をもとにした緻密層モデルと比較したのが図3である8)

SR膜の水、エタノール蒸気透過係数は独立に測定されるPVでSR膜は分離をしておらす気液平衡が支配的

このモデルでは、各成分の透過流束が蒸気透過係数で推算される。

Ni =(Pi/δ)(p*i-0) (1)

(Ni :各成分の透過流束、Pi:蒸気透過係数(別に測定)、δ:膜厚み、p*i:平衡蒸気圧)なお、透過成分間の相互作用は無視している。

図のように緻密層モデルは全濃度範囲で透過蒸気濃度・透過流束を同時に予測している。このように非膨潤膜については蒸気透過係数を用いた緻密層モデルの適用可能性が推察される。

Wijmans and Baker9)も同じ系についてこれと全く同じ主旨を述べている。(しかし彼らは意図的にか「透過係数」という言葉は使っていない。)

なお、すでにこの系では溶解拡散説による解析10,11)もなされている。

8)  Ito, A., K. Watanabe, Y. Feng: Sep. Sci. Tech., 30, 3045 (1995)
9) Wijmans, J.G., R.W. Baker: J. Mem. Sci., 79, 101 (1993)
10) 岡本健一,西岡正司,鶴秀一,佐々木茂明,田中一宏,喜多英敏:高分子論文集, 45, 993 (1998)
11) 岩坪隆,小笠原啓一,増岡登志夫,溝口健作:化学工学論文集, 20, 666(1994)

これらの厳密な取り扱いに比較すると、ここでの緻密層モデルは非常に簡略化した取り扱いである。ここでの緻密層モデルで使用したSR膜のエタノール蒸気と水蒸気の透過係数は、その絶対値が同程度である。よって緻密層モデルの観点からは、PVにおいてSR膜自身は分離をしておらず、透過流束の濃度依存性もエタノール水溶液の濃度が上がると供給液の蒸気圧が上がるからである、という結論になる。

この結論はかなり大胆である。なぜならシリコーンゴム膜は疎水性膜すなわちエタノール選択透過膜の代表であり、PVでエタノール濃縮蒸気が透過するのはシリコーンゴム膜のエタノール選択収着によるものであるというのが常識であるから。

次の問題はこの緻密層モデルがどこまで一般のPVに適用できるかである。PVA膜でみたように一般に蒸気透過に比較してPVの透過速度は大きい。これはもちろん膨潤の影響であるが、上の視点を延長してPVの理論の中に、膨潤していない膜の緻密層モデルを組み入れることができるのであろうか?

3 膨潤層/緻密層モデル

PVにおける膜の膨潤について実際に観察を試みた。系はポリビニルアルコール(PVA)膜によるエタノール水溶液PVである。PV実験における供給液に着色剤(アミドブラック)を混入して透過実験をおこない、実験後の膜断面を観察した。(図48)

写真がよくみえなくてごめんなさい 原報参照

供給液濃度xf=0.76では膜は透過側面まで着色されており、高濃度(xf =0.95)では供給液に接した表面しか着色されていない。両者の間の濃度では着色部と非着色部が半々の膜断面も観察された。膜の着色された層は供給液が浸透した部分、着色されなかった層は蒸気状態で透過した部分と考えられる。

膨潤層/緻密層モデルはそれほど突飛なものでなく、溶解拡散と細孔モデルの中間この観察をもとに、膜の供給液側に膨潤層があり、膜の透過側に緻密層があるとするモデルすなわちPVの「膨潤層/緻密層モデル」を検討した。(図5)

ところでPVに関する研究をふりかえると、この分野の最初の基本文献であるBinning12)の論文では、PVで膜の液に接した側をsolution phase、透過側面をvapor phase と呼び、膜内を液透過と蒸気透過の2層で考えることを既に提案している。この2層の概念はその後のレビュー・解説にも多く紹介されているのであるが、しかしそれを受けて実際のモデル計算ができるまでこのモデルの構築に取り組んだ研究はあらわれなかった。 Binningの提言にもかかわらず、その後の PVの研究は溶解拡散説を中心に展開した。これとは別に、最近になって、膜研究の主導的立場にあるMatsuura 13)は細孔流れモデルを精力的に検討している。このような各種モデルのなかで考えてみると、Binningの2層モデルおよび膨潤層/緻密層モデルは溶解拡散と細孔流れの両モデルの中間に位置していると言える。

12) Binning, R.C., R.L. Lee, F. Jennings, E.C. Martin: Ind. Eng. Chem., 53, 45 (1961)
13) Okada, T., T. Matsuura: J. Memb. Sci., 70, 163 (1992)

ここで考えた膨潤層/緻密層モデルでは、膜中にある膨潤層/緻密層境界では、膨潤層に収着した溶液が膜内で蒸発していると考える。したがってこの蒸発面での圧力は供給液の平衡蒸気圧である。また、その組成は供給液の平衡蒸気組成である。(膜内に収着された溶液の液濃度にたいする平衡蒸気組成ではない。)

膜内圧力分布は、膨潤層供給液側面:大気圧、膨潤層透過側面:供給液の平衡蒸気圧、緻密層透過側面:真空、となる。緻密層の透過は蒸気透過と全く同様に、蒸発面と透過側の分圧差を推進力として蒸気透過係数と分圧差で支配されるとする。

膨潤層の透過は濃度変化の無い圧力浸透と考えた。(厳密には透過流束が大きい場合には膨潤層内に濃度分極をさらに考慮することも可能である。)浸透の推進力は供給圧力(大気圧)とゲル内溶液の蒸発圧力(=供給液の平衡蒸気圧)の差と考える。

ゲル内の液の圧力浸透係数は拡散係数と相互変換可能問題はゲル内の圧力浸透の速度である。ゲル内の圧力浸透の速度は純液の場合は直接測定可能であるが、混合液の場合には浸透圧の問題があり、これを直接測定することができない。幸いこの問題はPaulの理論14)を借用して乗り越えられた。図6は Paulによる高分子ゲル中の液の移動における圧力浸透と拡散係数(濃度推進力)との同一性を示した図14)である。

14) Paul, D.R.: Sep. Purif. Methods, 5,33(1976)

このように圧力浸透係数と拡散係数は熱力学を基礎にした関係式:

により、相互換算が可能である。

そこでここでは、ゲル膜内のエタノール/水系の相互拡散係数を別途測定し、その値から膨潤層内の圧力浸透係数 (1/Vl)K0を求めた8)

すると、全膜厚みに対する膨潤層比率を(1-ε)として、膨潤層の全透過流束Nは、
N=(1/Vl)K0((大気圧)−(供給液の平衡蒸気圧))/((1-ε)δ) (2)
とあらわせる。

また、緻密層の透過は式(1)の膜厚みをεδに変えて、
Ni=(Pi/εδ)(p*i-0) (3)
となる。

以上のモデル式で、膨潤層/緻密層比率εは膨潤層と緻密層の物質移動速度の相対的大きさに依存することになる。すなわち、同一の膜でも供給液の濃度が変化して、膨潤層の物質移動速度が大きくなる(膨潤度が高くなる)とそれにしたがって緻密層の厚みが薄くなり、結果として透過流束が増大すると説明される。

4 親水性膜のパーベーパレーションと膨潤層/緻密層モデル

以上のモデルを親水性膜について検討した8)。図7はPVA膜によるエタノール水溶液のPVについて、数値例を示したものである。膜厚みは乾燥基準の値である。供給液濃度xf=0.8を供給した場合、膨潤層の比率は71%である。膨潤層/緻密層界面での蒸発により、透過蒸気のエタノール濃度は気液平衡にしたがい、0.81にあがる。これが緻密層の蒸気透過の過程で水蒸気とエタノール蒸気の透過係数比が9.2であることにより、透過蒸気には水蒸気が濃縮されてyp=0.28となる。

緻密層厚み(=透過流束)は膨潤度に依存

図8は同じ系で供給液濃度を変えた実験における透過流束と透過蒸気濃度を本モデルと比較したものである。PVA膜の水選択性と同時に透過流束の濃度依存性も膨潤層/緻密層モデルでほぼ説明できた。原報8)ではカルボキシメチルセルロース(CMC)膜も同様に調べた。

分離度は蒸気透過係数の差に依存 ただし混合蒸気透過での透過係数

5 おわりに

以上、パーベーパレーションにおける透過流束と分離性を同時に説明しようとした試みを紹介した。筆者としてはいろいろ試行錯誤しながら一応の結論を得た。しかし客観的にみるとこの取り扱いは多くの問題点があり、一般には受入れられないことは承知している。それはたとえば、

・膜内は透過成分とポリマーを含めた3成分系の連続的濃度変化なのであるから、気液平衡にしたがう膜内蒸発面などは物理化学的にありえない。

・パーベーパレーションでの膜内圧力分布は、高分子膜内で一定(=供給液圧)であり、透過側膜面でジャンプして真空になるというのが常識である。

・このモデルでは膨潤層は分離に関与していないことになる。これは根本的におかしい。液−高分子膜間の収着平衡(優先収着)が透過における分離を支配しているのは明らかである。

などである。

筆者自身もこれらの指摘はもっともであると思っているが、しかし物理化学的に正しい溶解拡散説はその確立までまだまだ時間がかかりそうである。簡便なモデルによりプロセス設計に進むのも化学工学の立場であろう。上の結論から、PVの分離性は各成分の蒸気透過係数の違いが支配していることになる。(これも常識にはずれているが。)すこしづつではあるが、各種高分子膜の水をふくめた各種有機蒸気の透過係数のデータ収集を進めているところである。