特集 分離プロセス開発の展望
液体膜による除湿および炭酸ガスの分離

ケミカルエンジニヤリング 2003年 5月号 に加筆


ガス・蒸気を対象とした膜分離法では主に高分子膜や無機材料の薄膜が用いられるが、分離機能を持つ液体を多孔質膜に含浸した「含浸型液体膜」の適用も多く検討されている。このような液体膜によるガス分離操作はいわゆる促進輸送膜として、アミン水溶液による炭酸ガス分離[1,2]、硝酸銀水溶液による炭化水素ガス分離[3]などに対してその性能が検討されてきた。液体膜によるガス分離では促進輸送効果により分離目的成分の選択透過性が大きいという特徴がある。例えば炭酸ガスと窒素のガス透過係数の比(理想分離係数)αでみると、高分子膜で最も炭酸ガス分離性が大きいポリイミド膜でα=70程度であるのに対して、促進輸送膜では優にα=500を超える分離性能が得られる[2]。

このようにその分離性の大きさが注目さている液体膜であるが、実際の分離プロセスへの適用は進展していない。それは加圧・減圧操作が必要な実用のガス透過操作法に対応できていないからである。従来の液体膜によるガス分離実験は、透過側にキャリアガスを流して膜の両側を等圧にしておこなっている。また、多くの液体膜は水溶液であるが、その蒸発を防止するため、供給ガス分離ガス、透過側キャリアガスともに水蒸気飽和である必要があった。

1.超疎水性多孔質膜上に支持された含浸液体膜

液体膜実用化のためには加圧減圧操作可能でかつ膜の厚みが薄い液体膜保持法の開発が必要である。これに対していくつかの方法が試みられてきた。(図1)

液体を含浸する膜の細孔を小さくして、細孔のキャピラリー力で液体を保持する方法が考えられた。極細細孔(<0.003μm)のセルロース膜中にトリエチレングリコールを保持して除湿膜として使用する方法[4]が提案されている。
含浸膜の内部表面を改質して、促進輸送成分を化学的に保持するという考え方もある。Matuyamaら[2]は酸−アミン相互作用を利用して、促進輸送剤であるアミン成分を保持した高性能な炭酸ガス分離膜を開発している。透過性は低下するが、液体をゲル化して保持する方法も有効である[5]。この場合は水性のゲル膜を作成した後で促進輸送成分を含浸させる。さらに、含浸液体膜を均質膜(シリコーンゴム膜)の上で保持するアイデアもあり、炭酸ガス分離膜として検討された[6]。しかしこの構造は複合化により透過流束の低下を招く欠点がある。

液体膜を保持するということは、圧力差の中に液体を蒸発や漏れがなく支持し、一方、分離目的のガス・蒸気成分は透過させることである。このような水を通さず水蒸気を通す機能を持つものとして以前よりテフロン(PTFE)多孔質膜が知られており、衣料などに応用されている。また、Millipore社は医療用薬剤の脱ガスを目的として超疎水性多孔質膜と称した膜(商品名:Durapel)を製造している。これはポリビニリデン(PVDF)多孔質膜にフッ素モノマー処理をして、表面の撥水性を高めたものである[7]。

筆者はこの多孔質膜に着目して、その疎水性多孔質膜の表面で含浸液体膜を支持することを考案した。(図1下)細孔径0.1 μmないし0.2 μmのDurapel膜上に親水性の含浸液体膜を設置する構造により、膜表面の撥水性を利用して加圧下でも含浸液体膜の液体をその表面上で保持しようというアイデアである[8]。

透過側を真空に保つ操作を想定しているので、膜として使用する液体は不揮発性ないし蒸気圧が小さい液体で、基材のDurapel膜より表面張力の大きいものでなくてはならない。実際はこのような液体は限られており、今のところ水酸基が構造中に配されているグリコール類やある種のイオン性液体が使用できる液体である。

各種液体につきこの構成の液体膜の供給側を空気加圧して、液体膜がDurapel膜に浸入して液体膜が破れる限界圧力を測定し、液体の表面張力に対してプロットした[9]。Durapel膜の技術資料によると、この多孔質膜は表面張力20dyn/cm以上の液体には濡れないとされている。実際、液体膜の耐圧はこの表面張力値からの差に比例して大きくなっている。水の耐圧は4気圧であり、やや表面張力の小さいグリコール類で耐圧は3気圧程度となっている。これにより、表面張力で支持された液体膜でも透過側を真空に保つ程度の減圧操作には十分に耐えられることがわかる。

2.空気の除湿への応用[8]

トリエチレングリコールは吸湿性の液体であり、工業的な除湿プロセス(吸収−放散法)の水蒸気吸収液として利用されている。そこで、トリエチレングリコールにより本形式の液体膜を構成し、その空気からの除湿性能を調べた。図3に膜面積24 cm2の平膜セルによる空気の除湿実験の結果を示す。(以下の測定は全てこれと同一形状の膜セルである。)供給側は大気圧、透過側は0.13 kPaである。横軸が膜セル入口空気湿度で、縦軸が出口空気の湿度である。例えば70%RHの空気がこの膜セルを通過することにより、水蒸気は膜を通り除去され、空気はほとんど透過しないので、膜セル出口で15%RHまで除湿される。

実験を開始してから定常に達するのは20分程度であり、以降この除湿性能は保たれる。また、耐久性も数ヶ月の実験期間範囲では問題がなかった。(ただし水平に保っておく必要がある。傾けて放置しておくと空気中の水蒸気を吸ってTEGの粘度が低下し、含浸膜から流れ落ちてしまう。)

このようにトリエチレングリコールの薄い液体膜によりその表面で水蒸気を吸収し、その裏側で真空側に水蒸気を排出する操作が連続的におこなえることが示された。なおこの除湿膜は低湿度範囲(<20 %RH, )では除湿性能が悪い。この原因はトリエチレングリコールの吸湿特性によるものなので改善は難しい。本形式の液体膜は高湿度空気への適用が適当である。

3.エタノール/水混合蒸気の脱水操作[10]

この液体膜の水蒸気透過性を利用するプロセスとして、水を含む蒸気の脱水操作への応用を検討した。図4はエタノール/水混合蒸気からの脱水操作を検討したものである。キャリアガス中にエタノール/水混合蒸気を飽和させて供給し、透過側を真空に保ち、透過蒸気を冷却捕集する。図の横軸が供給蒸気中のエタノール濃度で、縦軸が透過蒸気中のエタノール濃度である。トリエチレングリコール(TEG)、ポリエチレングリコールの液体膜では低濃度蒸気では水蒸気しか透過せず、脱水効果が大きい。しかし供給蒸気中のエタノール濃度が上がると膜の水選択性が低下し、透過蒸気中のエタノール濃度が上昇する傾向がある。これはTEGが水と同様にアルコールにも親和性があり、高アルコール濃度ではアルコールが溶解し、水蒸気とともにアルコールが透過してくるようになるものと考えられる。

そこで、吸湿性の無機塩をトリエチレングリコールに混入し、吸湿性を上げるとともに、アルコールの溶解性を抑える工夫をした。図のように70%エタノール蒸気から水蒸気のみを除去することができる。吸湿性塩の混入により高エタノール濃度の蒸気でも高い水選択性をもつ液体膜とすることができた。この例のように、液体膜は他の成分を混合することが容易なので、目的に応じて成分を変えることで分離目的に適した膜を構成することが可能である。この点が高分子膜と異なる液体膜の特徴である。

4.炭酸ガス分離への応用[9]

高分子膜(ポリイミド膜、ナフィオン膜等)でみられるように、除湿膜すなわち親水性の膜は炭酸ガス分離膜として有効である。そこで、除湿に有効であったこの液体膜の炭酸ガス分離性を検討した。図5に炭酸ガス/メタン混合ガスの膜透過実験結果を、横軸に供給ガス中の炭酸ガス濃度、縦軸に透過ガス中の炭酸ガス濃度で示す。ただし供給ガスは促進輸送膜の例にならって、水蒸気飽和で供給している。

TEG液体膜で供給ガスに対して透過ガス側で炭酸ガスが濃縮されており、やはり炭酸ガス分離性はあった。しかし分離係数はそれほど大きくなく、30程度である。そこでさらにTEG液体膜に炭酸ガスの促進輸送効果を持つ成分を加えて検討した。その結果、炭酸カリK2CO3は分離性能に対する効果がなかったが、アミン類は分離性を向上させる効果があった。特に構造中にアミンを持つグリコールであるジグリコールアミンによる液体膜は、分離係数が100と、非常に選択性が高かった。この液体膜は水蒸気飽和ガスからでも分離が可能であり、この点も特徴である。(高分子膜の炭酸ガス分離膜は供給ガス中の水蒸気を除去する前処理が必要である。)

5.炭化水素ガス分離への応用[11]

TEG液体膜が塩を混入できる特徴を利用して、典型的な促進輸送である銀塩類によるオレフィン/パラフィン分離を検討した。TEGに硝酸銀などを混入し、その液体膜を設置した膜セルに水蒸気飽和したプロピレン/プロパン混合ガスを供給し、透過ガスの組成を調べた。図6に横軸:供給ガス中のプロピレン濃度、縦軸:透過ガス中のプロピレン濃度で示す。TEG液体膜自身は選択性がほとんどみられないが、これに硝酸銀やホウ酸銀を混入することでプロピレン選択性があらわれた。ホウ酸銀がより選択性が大きいようである。

芳香族炭化水素についても同様の検討をおこなった。キャリアガス中にベンゼン/シクロヘキサン混合蒸気を飽和させて膜セルに供給し、液体膜の種類を変えてベンゼン選択透過性を調べた。図7に供給蒸気中のベンゼン濃度に対して透過蒸気のベンゼン濃度を示す。TEG液体膜も10程度のベンゼン選択透過性を示す。これにハロゲン系の塩を混入するとベンゼン選択透過性が増加する。しかしその一方で蒸気透過流束は低下する。このような一般的な塩の混入で芳香族選択性があらわれることは従来報告がなく、興味深い現象である。混入塩中のどちらのイオン成分が芳香族と親和性を持つのか、あるいはそれが濃い電解質水溶液としての一般的性質なのかは今後検討されなくてはならない。

6.トリエチレングリコール液体膜のガス透過性

以上の各種ガス・蒸気透過実験の結果から、トリエチレングリコール液体膜のガス透過係数を示したのが図8である。水蒸気以外は水蒸気を含まない乾燥ガスの透過係数を示したものである。ガス透過係数の傾向は比較のため示したシリコーンゴムに類似している。全体的に透過係数がガスの凝縮性に依存していおり、また透過係数の絶対値はシリコーンゴムより小さい。

このようにガス透過速度の絶対値がそれほど大きくないので、液体膜を分離膜として実用化するには液体を含浸する多孔質膜の厚みを現在の35 μmから5μm以下とする必要がある。メーカーによると製造上の理由から現在以上の多孔質膜の薄膜は製造できないとのことである。しかし今後なんらかの工夫により数μm程度の液体膜を構成して、除湿膜や炭酸ガス分離で実用化の可能性を検討してゆきたい。また、より凝縮性の大きい有機蒸気などでは透過係数がシリコーンゴムを上回ることが期待されるので、有機蒸気回収操作での性能の検討をおこなってゆく予定である。


引用文献
1) Way, J.D, R.D. Noble, J. Membr. Sci., 46, 309 (1989)
2) Matsuyama, H, K. Masui, Y. Kitamura, T. Maki, M. Teramoto, Sep. Purif. Tech., 17, 235 (1999)
3) Teramoto, M., H. Matsuyama, T. Yamashiro, Y. Katayama, J. Chem. Eng. Japan, 19, 419 (1986)
4) Bonne, U, A.W. Deetz, J.H. lai, D.J. Odde, J.D. Zook, US Patent 4915 838 (1990)
5) Nakabayashi, K. Okabe, E. Fujisawa, Y. Hirayama, S. Kazama, N. Matsumiya, K. Takagi, K. Haraya, C. Kamizawa, Energy Convers. Manag., 36, 419 (1995)
6) Papadopoulos, T and K.K. Sirkar, J. Memb. Sci., 94, 163 (1994)
7) M. Louis, US Patent 5 217 802 (1993)
8) Ito. A, J. Memb. Sci., 175, 35 (2000)
9) Ito, A., S. Duan, Y. Ikenori, A. Ohkawa, Sep. Rurif. Tech., 24, 235 (2001)
10) 段 淑紅、山本淳博、田巻 岳、伊東 章、大川 輝, 分離技術, 31, 51 (2001)
11) Duan, S., A. Ito, A. Ohkawa, J. Membrane Sci., 215, 53 (2003)