パソコンを講義に活用する

伊東 章:月刊化学 2004年 10月号 (Vol. 59, No. 10, p. 45 (2004))


私の講義ではパソコンでの教材提示と,タブレットペンによる「板書」を活用した進行を試みている。教卓にパソコンを持ち込み,講義室内の液晶プロジェクタでパソコン画面を提示する。提示する教材はワープロで作成し、あらかじめ教科書として配布しておく。 この学生の手元の教科書を同時にスクリーンに提示し,その画面上にマークや文字の書き込み(板書)を行いながら講義を進めるというスタイルである。
 

現在,学会における研究発表は”PowerPoint”が主流となっており,講義に応用している教官も多い。しかしこれは学会発表や遠隔授業と同様で,一定間隔で次々と静止画面が示され,学生はそれを傍観しているという形になりやすい。”PowerPoint”による講義スタイルでは,せっかく講義室内で教官と学生が相対しているという利点が生きてこない。

この点において従来の「板書とノート」方式は優れていた。教官が自ら動きながら次々を教材を書き示し、身振り手振りで伝えたい事項を説明する。学生も板書を書き写す動作が理解を助ける。双方の身体動作が講義のポイントを共有し、教授事項の伝達がうまくゆくのである。

私がおこなっているパソコン画面上への板書も講義室内で画面および教官・学生双方に動きをもたせる工夫である。パソコン画面への書き込みはペンタブレットとそれに付属のソフト”PenPlusパーソナル”でおこない,波線で画面上のテキストを強調したり,図に解説の書き込みをしたりして,解説の補助としている。これが教官自身の動きとなる。さらに学生には配布のテキストに式、演習などに空欄を設けておき、パソコン画面上に書いた式などを書き写してもらう。このように,プロジェクタ提示でありながら一部に板書・ノートのような教官・学生の動きを取り入れることで、講義室内に双方向の動きがでる。

これに加えて教材のそのものもパソコンのマルチメディアという特性が生きるよう工夫して作成している。なるべく写真資料,図による説明を教科書に入れる。また,動きのあるビデオの提示も有効である。教科内容に関係した,自身で取材した化学プラントの映像,数値シミュレーションのビデオ,さらには自身が出演する短編ビデオなどを準備し,適宜講義に挿入することで興味の喚起,学習の動機づけの補助としている。教科書とビデオ映像を同一画面で提示できることがパソコン画面使用の大きな特徴でもある。

このような板書によらない講演会形式の講義はどうしても進行が速くなってしまい,内容過多,学生にとっては消化不良になりがちである。私の場合は早く済んだ分,講義時間内に演習・小テストの時間を設けて,学習内容を直ちに確認できるような工夫もしている。

新潟大学工学部では,学部内の教育改善活動を奨励する目的で工学部教育賞を設けている。以上のような教育上の工夫・活動について今回賞の対象となった機会に,ここでその内容を紹介させていただいた。パソコンを縦横に使いこなすことは誰でもできるわけではないし,特にタブレットによる画面への板書は相当の修練が必要であるが,一部でも各位のご参考になれば幸である。

私は化学工学が専門であるが,この分野は近年の学科改組・統合のなかで名称がなくなるなど,存在感が低下している。当方の教育改善の動機はこの危機感にあり,化学工学の存在を学生・社会にアピールすることが目的である。講義上の工夫以外にも,Excelによる化学工学,モデル製作, Web版化学プロセス集成などをおこなっているので,インターネット上の「化学工学資料のページ」(Yahoo!ホーム→工学→化学工学)を是非訪れていただきたい。


長年パソコン画面への書き込みの講義スタイルを試行してきた。実際には描画が遅かったり,パソコンがフリーズしたりしてなかなか思うようにいかず,おかげでタブレットも多数購入してきた。最近やっとパソコンの速度,およびWacomのタブレットのハードとソフトの改良によりこの方式が「使い物」になるようになったようである。

最新情報 講義プレゼンにThinkPad X41 Tabletを採用しました。Windows Tablet VersionによりWord文書に直接ペンで書き込みができる(インク注釈機能)ので快適です。これで講義スタイルの試行錯誤も落ち着くか?